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東京高等裁判所 平成2年(ネ)177号 判決 1993年2月25日

控訴人 国

代理人 笠原嘉人 川田武 深井剛良 ほか四名

被控訴人 株式会社一越 ほか一名

主文

一  原判決中第二事件及び第三事件の控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人株式会社一越の第二事件の請求を棄却する。

三  控訴人と被控訴人らとの間において、控訴人が別紙供託金目録記載の供託金について還付請求権の取立権を有することを確認する。

四  訴訟費用は、第二事件及び第三事件を通じ、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨

二  被控訴人株式会社一越の控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

(第二事件)

一  請求原因

1 被控訴人株式会社一越(以下「被控訴人一越」という。)は、訴外有限会社藤沢金型(以下「藤沢金型」という。)に対し、次のとおり、金員を貸し渡した(以下、これらをそれぞれ「<1>、<2>、<3>の貸付」という。)。

<1> 貸付日   昭和六二年一一月一六日

金額    四一九〇万円

弁済期   同年一二月一五日

利息    月一・二五パーセント

遅延損害金 月二・五パーセント

<2> 貸付日   昭和六二年一一月二五日

金額    六〇〇万円

弁済期   同年一二月二六日

利息、遅延損害金は、<1>と同じ。

<3> 貸付日   昭和六二年一二月五日

金額    五〇万円

弁済期   同月九日

利息、遅延損害金は、<1>と同じ。

2 被控訴人一越は、<1>の貸付に際して、藤沢金型との間で、<1>の貸付金の返済について、藤沢金型において小切手等の不渡りがあったときは、当然に期限の利益を喪失すること、また、藤沢金型において債務不履行があったときは、右貸付金の弁済に代えて藤沢金型の訴外エヌオーケー株式会社(以下「エヌオーケー」という。)に対する金型の売掛代金債権全額を被控訴人一越に譲渡することとし、この譲渡については被控訴人一越が一方的に予約完結権を有することを内容とする債権譲渡の予約契約を締結した。

3 被控訴人一越は、最も弁済期の早い<3>の貸付金の弁済期である昭和六二年一二月九日、藤沢金型から弁済のため交付を受けていた第一勧業銀行藤沢支店を支払地とする額面金額五〇万円の小切手を取り立てたところ、右小切手は、資金不足により不渡りとなったため、藤沢金型は、同日、<1>の貸付につき期限の利益を失った。

4 藤沢金型は、当時、エヌオーケーに対し、次のとおり、金型等の売掛代金債権合計一一八三万七五六〇円を有していた(以下「a売掛代金債権、b売掛代金債権」といい、両者をあわせて「本件売掛代金債権」という。)。

a 弁済期 昭和六二年一二月二六日

金額  九〇九万二二二〇円

b 弁済期 昭和六三年一月三一日

金額  二七四万五三四〇円

5 被控訴人一越は、昭和六二年一二月九日、藤沢金型に対し、前記2記載の予約完結権に基づき、本件売掛代金債権全額を譲り受ける旨の予約完結の意思表示をし、これを受けて、藤沢金型は、エヌオーケーに対し、同月一〇日到達した内容証明郵便により、本件売掛代金債権を被控訴人一越に譲渡した旨通知した。

6 その後、本件売掛代金債権につき、次のとおり、藤沢金型からエヌオーケーに対し債権譲渡の通知がされ、また、藤沢金型の債権者により差押え及び仮差押えがされたため、エヌオーケーは、昭和六三年一月二九日、本件売掛代金債権につき真の債権者を確知できないとして、東京法務局に対し、別紙供託金目録記載のとおり供託した(以下「本件供託」という。)。

(一) 昭和六二年一二月一一日、控訴人(所管庁平塚社会保険事務所長)による差押え

(二) 同日、泰平物産株式会社への債権譲渡

(三) 同月一四日、第三事件被控訴人株式会社シティートラスト(以下「被控訴人シティートラスト」という。)への債権譲渡

(四) 同月二一日、日産モーター株式会社による仮差押え

(五) 同月二二日、控訴人(所管庁藤沢税務署長)による差押え

(六) 昭和六三年一月二五日、神奈川県大和市による差押え

7 被控訴人一越は、前記予約完結権行使により、本件売掛代金債権の譲渡を受け、確定日付のある証書により債権譲渡通知がされているので、本件供託金について還付請求権を有しているところ、控訴人はこれを争っている。

よって、被控訴人一越は、控訴人との間で、被控訴人一越が右還付請求権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の各事実は否認する。

2 同4及び6の各事実は認める。

3 同5の事実は知らない。

4 同7の事実のうち、控訴人が本件供託金の還付請求権の帰属を争っていることは認め、その余は争う。藤沢金型から被控訴人一越への債権譲渡は、後記のとおり、その効力を生じない。

(第三事件)

一  請求原因

1 控訴人(所管庁平塚社会保険事務所長及び藤沢税務署長)は、昭和六二年一二月現在、既に納期を経過した原判決添付別紙滞納金目録(一)記載の保険料債権三〇二万〇六六九円及び同目録(二)記載の国税債権八〇二万五六二九円を有していた。

2 藤沢金型は、エヌオーケーに対し、本件売掛代金債権を有していた。

3 控訴人は、1記載の各債権を徴収するため、本件売掛代金債権を次のとおり、国税徴収法六二条に基づき、差し押さえた。

(一) 平塚社会保険事務所長は、昭和六二年一二月一一日、差押えを行い、同日、エヌオーケーに差押通知書を送達した。

(二) 藤沢税務署長は、同月二二日、本件売掛代金債権のうちa売掛代金債権を差し押さえ、同日、エヌオーケーに差押通知書を送達し、併せて、平塚社会保険事務所長に対し、同月二四日、国税徴収法八二条に基づき交付要求をし、同月二六日交付要求書を送達した。

4 本件売掛代金債権につき、第二事件の請求原因5、6(二)ないし(四)及び(六)のとおり、債権譲渡の通知、差押え及び仮差押えがなされ、本件供託がされた。

5 しかし、藤沢金型から被控訴人一越への債権譲渡は、次のとおり、その効力を生じない。

(一) 被控訴人一越が藤沢金型に対し、<1>、<2>、<3>の各貸付をした事実はない。すなわち、被控訴人一越は、株主が代表者である高野美枝子一人で、役員報酬を受けているのも同人のみであり、商業登記簿上の本店所在地に実体はなく、法人税の確定申告や所轄の社会保険事務所長に対する保険料徴収義務者の届出もなく、藤沢金型に対し、<1>、<2>、<3>の各貸付をするだけの資産はない。ことに、<1>の貸付について、被控訴人一越に代わって貸付の仲介をしたという原田清人こと山ノ井富士蔵(以下「山ノ井」という。)は、事実上、被控訴人一越を支配しており、山ノ井自身、藤沢金型の代表者熊田義男と知り合って間がなく、しかも、その資金繰りが非常に苦しいという事情を知りながら、わずか二か月間になんら実効性のある担保を徴することなく、四一九〇万円もの多額の貸付を行ったとは、社会一般常識に照らして考えられない。また、<2>の貸付についても、手形小切手の決済資金として貸付をしたというのに、藤沢金型の取引銀行の当座預金口座には借入額に相当する入金がない。

(二) 第二事件の請求原因3記載の不渡りの際、熊田義男は当日の昼頃から所在不明になっており、同請求原因5記載のような予約完結権行使の意思表示を受けたり、債権譲渡通知書を作成し発送することは不可能な状況にあった。

(三) 藤沢金型とエヌオーケーとの間の金型等の取引基本契約において、藤沢金型は、エヌオーケーの書面による承諾を得ない限り、債権譲渡をすることが禁止されている。しかるに、被控訴人一越は、右債権譲渡禁止特約があることを知りながら、本件売掛代金債権を譲り受けたものであり、仮に知らなかったとしても、当事者間の信頼関係が要求される金型の製造委託契約においては、債権譲渡禁止の特約がなされるのが通常であって、金融業者と同様貸付業務に精通している山ノ井や被控訴人一越の担当者本戸徳一であれば、容易に右特約の存在を予測でき、しかも、藤沢金型とエヌオーケーとの取引基本約定書を入手していながら、譲渡禁止特約の有無について確認しなかったものであり、重大な過失がある。

6 藤沢金型から被控訴人シティートラストへの債権譲渡について、確定日付のある債権譲渡通知書がエヌオーケーに到達した日は、前記平塚保険事務所長の債権差押通知書の送達日より後である。

よって、控訴人は、被控訴人一越及び被控訴人シティートラストの間で、控訴人が本件供託金の取立権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 被控訴人一越

(一) 請求原因1の事実は知らない。

(二) 同2ないし4の各事実は認める。

(三) 同5(一)ないし(三)の各事実はいずれも否認する。

(1) 被控訴人一越が藤沢金型に対し、<1>、<2>、<3>の各貸付をしたことは、本件原審の昭和六三年(ワ)第五九九四号事件における藤沢金型の答弁書で右貸付の事実を認めていることにより明らかである。被控訴人一越は、他から資金を調達して藤沢金型に貸し付けたものであり、被控訴人一越自身が貸付資金を有するか否かは貸付の事実の有無と直接関係がない。被控訴人一越の担当者本戸徳一は、旧知の山ノ井から藤沢金型において昭和六二年一一月までには営業を一億五〇〇〇万円で譲渡して一括返済できるといわれ、これを信頼して貸付を始めたところ、次第に多額になったため途中で打ち切ることができないまま、四一九〇万円も貸し付けることになったものである。

(2) 藤沢金型からエヌオーケーに対する債権譲渡通知は、熊田義男自らが藤沢金型の会社印を押捺して作成し、大船郵便局から郵送している。

(3) 被控訴人一越が、藤沢金型から取引基本約定書を受け取った事実はなく、被控訴人一越は、譲渡禁止の特約については知る由もなかった。

2 被控訴人シティートラスト

(一) 請求原因1及び6の各事実はいずれも知らない。

(二) 同2、4、5及び7の各事実はいずれも認める。

(三) 同3のうち、差押通知書の送達が控訴人主張のとおりであることは認め、その余は知らない。

三  被控訴人一越の主張

仮に、被控訴人一越が右譲渡禁止特約の存在につき悪意又は重大な過失があるとしても、エヌオーケーは、供託書の記載から明らかなように、本件供託をするに当たり、譲渡禁止特約の主張は一切しておらず、真の債権者であれば支払をする意思であると認められるから、右譲渡につき承諾したものというべきであって、債権者の承諾があるときは、本件売掛代金債権の譲渡は譲渡の時に遡って有効となる。

4 右主張に対する認否

否認する。

第三証拠関係<略>

理由

第一第二事件について

一  被控訴人一越は、藤沢金型に対する貸金債権の代物弁済として、同社のエヌオーケーに対する本件売掛代金債権の譲渡を受けたと主張し、控訴人は、同売掛代金債権には譲渡禁止特約があるとして、右譲渡の効力を争うので、まず、この点について判断する。

二  <証拠略>によると、藤沢金型とエヌオーケー(当時の商号日本オイルシール工業株式会社)との間において、金型等の製造委託に関し、昭和五八年四月二五日取引基本契約が締結され、同契約において、藤沢金型はエヌオーケーの書面による承諾を得ない限り、基本契約及び個別契約によって生ずる一切の権利義務を第三者に譲渡し、又は担保に供してはならないとの特約(以下「本件譲渡禁止の特約」という。)がなされていることが認められるから、被控訴人一越が右譲渡禁止の特約の存在を知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで、本件売掛代金債権の譲渡を受けたときは、その効力は生じない。

しかるところ、<証拠略>によれば、被控訴人一越は、登記簿上高野美枝子が代表取締役となっているが、同人は名目上の代表者で、その実質的な経営は、取締役本戸徳一あるいは山ノ井が主宰していること、本戸徳一は、藤沢金型とエヌオーケー間の前記基本取引約定書の交付を受けこれを見ていること、被控訴人一越は、本件売掛代金債権の譲渡を受けたと主張する昭和六二年一二月一〇日より後である昭和六三年一月一一日、更に右債権の差押えをしていること、被控訴人一越は登記簿上金融を営業としていないが、スペーステック株式会社に対し多額の貸付を行い、本戸徳一はかつて金融機関に勤務したことがあり、個人として約二〇年間金融を業とし、また、山ノ井も、倒産した日本スペーステクノロジィの債務整理や多数の債権回収の手続に関わった経験をもつこと、藤沢金型は、エヌオーケーの外、日本バーンディ株式会社及び日本プレス工業株式会社との間で金型製造委託の取引基本契約書を交わしているが、右各契約書においても譲渡禁止の特約が存在していることが認められる。右事実によると、被控訴人一越は、本件売掛代金債権につき、本件譲渡禁止の特約が付されていたことを知っていたか、そうでないとしても、本戸徳一あるいは山ノ井の経験や契約当事者間の信頼関係が要求される金型製造委託契約の性質に鑑み、被控訴人一越は、本件売掛代金債権に譲渡禁止特約が存在することを容易に予見することができるから、藤沢金型あるいはエヌオーケーに対し確認すべきであったものであり、これを怠り右特約の存在を知らないことにつき重大な過失があったというべきである。

三  被控訴人一越は、エヌオーケーは本件売掛代金債権の譲渡後、右譲渡につき承諾したから、譲渡の時に遡って有効となる旨主張する。

エヌオーケーが、昭和六三年一月二九日、本件売掛代金債権につき、東京法務局に対し、本件供託をしたことは当事者間に争いがないところ、<証拠略>によると、右供託書には本件譲渡禁止の特約に違反することの記載がなく、本件売掛代金債権の譲渡自体についてはこれを認めたうえで、真の債権者を確知できないとして供託していることが認められるから、エヌオーケーは、本件供託に際し、藤沢金型から被控訴人一越への債権譲渡を承諾したものというべきである(なお、<証拠略>には、エヌオーケーは本件譲渡禁止の特約があったのであるから、債権譲渡を承諾したわけではない旨の記載があるが、この記載があるからといって、右認定を左右しない。)。

ところで、譲渡禁止特約のある指名債権の譲受人が、右特約の存在することを知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで譲り受け、右譲渡につき第三者に対する対抗要件を具備した場合において、債務者がその譲渡につき承諾を与えたときは、債権譲渡は譲渡の時に遡って有効となるが(最高裁判所昭和五二年三月一七日第一小法廷判決・民集三一巻二号三〇八頁参照)、その対抗力は、譲渡の時まで遡及するものではなく、承諾の時まで遡及するにとどまるものと解すべきであるから、右譲受人は、右譲渡の時から承諾時までの間に、右債権につき譲渡を受け又は差押える等をし、かつ、第三者に対する対抗要件を具備するに至った利害関係人に対しては、対抗することができないものというべきである。これを本件についてみると、被控訴人一越は、昭和六二年一二月九日、藤沢金型に対し、請求原因2記載の予約完結権に基づき、本件売掛代金債権全額を譲り受ける旨の予約完結の意思表示をし、これを受けて、藤沢金型は、エヌオーケーに対し、同月一〇日に到達した内容証明郵便により、本件売掛代金債権を被控訴人一越に譲渡した旨通知したと主張するところ、控訴人が、原判決添付別紙滞納金目録(一)記載の保険料債権及び同目録(二)記載の国税債権を徴収するため、国税徴収法六二条に基づき、平塚社会保険事務所長は、昭和六二年一二月一一日に本件売掛代金債権を差し押さえ、同日エヌオーケーに差押通知書を送達し、藤沢税務署長は、同月二二日に本件売掛代金債権のうちa売掛代金債権を差し押さえ、同日、エヌオーケーに差押通知書を送達したことは当事者間に争いがないから、エヌオーケーが昭和六三年一月二九日に本件供託をするに際し、被控訴人一越への本件売掛代金債権の譲渡を承認したとしても、その対抗力は同日までしか遡らず、被控訴人一越は、これ以前に右代金債権につき差押えをした控訴人に対して、右債権譲渡の効力を対抗することはできないものというべきである。

四  そうすると、仮に、被控訴人一越が藤沢金型から本件売掛代金債権の譲渡を受けたとしても、その譲渡の効力を控訴人に対抗することができない以上、本件売掛代金債権が真実貸金債務の代物弁済として被控訴人一越へ有効に譲渡されたか否かについて判断するまでもなく、被控訴人一越は本件供託金の還付請求権を有しないことが明らかであるから、その確認を求める被控訴人一越の請求は理由がない。

第二第三事件について

一  <証拠略>によれば、控訴人(所管庁平塚社会保険事務所長及び藤沢税務署長)は、既に納期を経過した原判決添付別紙滞納金目録(一)記載の保険料債権三〇二万〇六六九円(昭和六二年一二月一一日現在)及び同目録(二)記載の国税債権八〇二万五六二九円(同月二二日現在)を有していたこと、控訴人が請求原因3のとおり差押え等を行ったことが認められ、請求原因2及び4の各事実は当事者間に争いがない(請求原因3については、被控訴人と控訴人一越との間に争いがない。)。そして、被控訴人一越の主張する本件売掛代金債権の譲受けが控訴人に対抗することができないことは前記説示のとおりである。

二  被控訴人シティートラストは、前記譲渡通知にかかる本件売掛代金債権の譲渡の事実をなんら主張立証せず、かつ、右譲渡通知は昭和六二年一二月一四日になされ、控訴人の右差押通知書が送達された同月一一日より後であるから、被控訴人シティートラストは、その主張する本件売掛代金債権の譲受けを控訴人に対抗することはできないことが明らかである。

三  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人は本件供託金の還付請求権の取立権を有するものというべきである。

第三結論

以上のとおり、第二事件の被控訴人一越の請求は理由がなく、第三事件の控訴人の請求は理由があるから、これと異なる原判決を取り消し、第二事件の被控訴人一越の請求を棄却し、第三事件の控訴人の各請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 白石悦穂 長野益三)

供託金目録<略>

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